内藤泰弘『血界戦線』 無二のアツさとその構造

血界戦線 魔封街結社 (ジャンプコミックス)

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■ 内藤康弘 良いところの境界を渡る猛者

こんにちは。アベニティです。
最近、内藤泰弘先生の初期短編集を手に取る機会があり、作者の「この頃と今、比較しても全然話の作り方が変わっていない」との旨のコメントを見つけてから彼の代表作『血塊戦線』を読み返しているのだけど、やっぱりたまらなく面白い。ワンパターンに陥らず、かといって捻り過ぎず。

以下、コミックナタリーでの内藤先生のインタビューからの抜粋です。

大きい物語を閉じる苦しみはもう二度と味わいたくないので、1回1回でまとめるスタイルにしたことでしょうか。当時「ER緊急救命室」とかのアメリカドラマにハマっていて、群像劇っていいなと思っていたのもあります。このスタイルだったらいつまでもやれるなって思ってたんですけど、あれもやった、これもやったみたいに消耗戦になっちゃうので、最近は考えるのがつらいことがあります(笑)。マンガって、いくつになっても楽には描けないものですね。いつか観たドキュメンタリーで、手塚治虫先生もストーリーに苦しんでたからなあ。手塚先生が苦しんでるんだったら、僕らはもっと苦しむに決まってますもんね。なのでなるべく負担を減らすため、あまり教訓めいたものにならず、必殺技を叫んでるだけなのがいいと思います(笑)。

https://natalie.mu/comic/pp/yasuhironightow/page/3

「必殺技を叫んでいるだけ」という本人談ながら、実は安定した面白さのミソはここにあると考えている。
必殺技~というのは、悪く言えば前時代的かつ中二病的っぽく、下手をすれば作品自体を安く見せる危険性がある。だが、内藤作品にはそれがない。見事に、上手いことエモーショナルを付与された形で読者の目に届く。

この「必殺技・エモコンボ」を成功させているのは、偏に舞台立ての妙にあると言って良いだろう。


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出典:ジャンプSQ.│『血界戦線 Back 2 Back』内藤泰弘



血塊戦線の主要キャラクターは、主に秘密結社・ライブラに属しているという設定がある。
ライブラとは「世界の均衡を保つため結成された超人秘密結社」であり、 物語の舞台であるキテレツなSF都市  HL(ヘルサレムズ・ロット) を中心に様々な超常現象、異界犯罪等を相手に秘密裏に解決することを目的として活動をしている~という位置づけ。 組織のメンバーは大体殆どが表向きの職業を持っていて、自身の生活や思惑を隠している構成員がいる、というのが明かされる一編もある。


ここにゲストキャラのお悩み相談・犯罪劇がキャラクターの行動と交錯していく。ゲストは宇宙人だったり異世界人だったり、またもや改造された一般人だったりと特性が多岐に渡り、彼らに対して主要キャラクターが自らの境遇を重ね合わせ、彼ら自身のトラウマを緩和させるドラマチックな一幕もある。


無邪気に古今東西の映像作品・コミックスから人物のディティールやデザインを拝借しながら「内藤作品」のテイストに溶かし込んでいるところも見もの。個人的にギレルモ・デルトロ監督(『パンズ・ラビリンス』『パシフィック・リム』)の作品が滅茶苦茶好きだったのもあり、とあるキャラの造形には惚れ惚れしながら笑った。


特筆すべきはラスト、各話の主人公格が訳あって秘匿していた自らの秘密・心の底の感情を露わにした時に最大のカタルシスが訪れるつくりになっており、ここにそれぞれのユニークな性質からなる大文字の必殺技が来る。毎度水戸黄門的なオチがついて終わりなのかよと言われればぶっちゃけ良い切り返しが出来ないが、
巧緻で正確な描写力が可能にする立体的なアクションが、人情味ある物語とガッシリ絡む様には職人技すら感じる程だ。


またオシャレ作品だ何だと揶揄されながらも、実はちゃんとお仕事漫画の体を為しているのも良い。中でも凄腕スナイパーである女性が息子の家庭訪問と護衛ミッションの両方に挑むとか、倒さねばならない相手が我が子の友達の親だったとか(ちなみにこの2要素は同じ話に含まれているものです。単行本9巻収録の『 BRATATAT MOM 』、なかなかの傑作なので是非。アニメにもなりました)の洋ドラを想起させる生活の場面は最高。チャランポランな遊び人キャラから家庭と仕事の両立に悩むママまで柔軟に扱ってみせるところに内藤氏の引き出しの広さを見る。


簡潔な家庭や生活の描写をし、かつそれらをあるあるのテンプレからちょっと逸脱させるところに熟練の腕が垣間見える。この日常譚とゲストのワケあり話がある地点で交わった先の吹っ切れた主要キャラたちの本質的部分とびきりカッコよく演出される爽快感・解放感が半端ではないのだ。ここに無類の完成度と無二のアツさがある。



内藤氏の過去作『TRIGUN』も好きで貪るように読んだり読み返したりしていたが、よく思い返してみればこちらは愛と平和を愛する超人が自らの出自を隠しながら一般人をお助けしていく西部劇であり、実は主人公が負った業が超重かったり、全体の雰囲気がロードムービー風なのがあって若干の鈍重さを感じるところがあった(本人も物語に決着を着ける際には苦しんだそうで)。


どっちの作風が優れているか~と考えたところで完全に好みの問題になるのであまり言及が出来ないが、SF・ファンタジーごちゃまぜのトリッキーな街の内容が好きなので『血界戦線』の方が私は好きだ。いろいろ頭を抱えて考えずとも、とにかく強くてカッコいい人物らの戦う姿を見てスカっと出来るというのも単純に好きな理由の一つかもしれない。良い意味でのポップコーンコミックスでもあるのだ。


余談・いまさら談になってしまいますが、『血界戦線 & BEYOND』最終回良かったですね…。一期の時に松本監督によって考案されたオリジナルキャラクター・ホワイトがまさかあの場面で顔を出してくれようとは。


TVアニメ版の流れから言っても、主人公であるレオの心の枷をそっと解くような展開はあって然るべきだったし、レオと同じく「選べなかった存在」であった彼女の言葉をあのシチュエーションで思い出すのは超エモい…じゃないですか。原作準拠が主方針の二期ストーリー上で彼女の存在について触れられない点は承知、されど残念に思っていたのでこの改変での挿入は非常に心地よく。高柳監督(アニメ『TRIGUN』に監督補佐・絵コンテ・演出で参加)の粋な演出が光った回でした。


かつて1982年に『ブレードランナー』が公開された時、一部のSFファンはその作り込まれた近未来風景に惚れ込んで、時間旅行をするつもりで何度も劇場に足を運んだ人もいたそうな。私が『血界~』を読む時もそのような楽しみ方をしている節があるなぁと思う。


作り込まれた街の描写に小ネタを探したり、道行くクリーチャーの向かう先を想像したりとか。ちょっと言い過ぎかな。ついでにこの感じで久正人先生のフェチズム溢れるSFアクション『エリア51』も推して行きたいけどまた今度にします。こちらはポップ&セクシーなデザインと交通整理の行き届いたストーリーが特色でして…。もっと読まれてほしい。

エリア51 1巻 (バンチコミックス)

エリア51 1巻 (バンチコミックス)

(おしまい)