hなhとA子の呪い~哀と欲望の稀有なラブコメ~

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出典:https://natalie.mu/comic/news/181535


独特なデザイン、そして珍妙で詩的な台詞回し。漫画『hなhとA子の呪い』はちょっと難解で稀有なラブコメディである。書店で何やらビビッドな表紙を見つけ、帯の惹句に惹かれて読めばこれが面白かった。1巻を読み終え、先の展開を期待しながら2巻を探せば「完結巻」だという。すわ打ち切りか!?…と思って不安半分で読めば、まぁまぁ気になるところはないわけではないが感じの良い決着をして終わっていた

本作は飲み込みずらい点も含めてちょっと大好きなのだが、作者である中野でいち氏の作品はこれ以降確認出来ていない。一体どうしたのだろう…もしや私が情弱である故か?と思いながらこのブログを綴る。

■ あらすじ~清純の男 針辻真の受難!!

hなhとA子の呪い(1)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)

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「性欲は真実の愛にとって障害となる」との信念を持つ、ブライダル会社社長の針辻真。彼は性にまつわる全てを嫌悪していた。ある日そんな彼の前に、謎の少女・A子が現れる。
A子は「針辻にも性欲が存在するーーー」と囁き、この言葉が呪いとなって彼に突き刺さる。針辻は日常に存在するすべてのものが「エロい」か「逆にエロい」としか思えなくなるという現象に見舞われ、彼は自らの中にある醜いものを自覚して惑い乱れていく~

この漫画、まず全編に施されたデザインが面白い。柔らかい稜線からなるキュートなキャラクター達、時にぐわっと形を歪ませる人間のフォルム。現代詩的なセンスで磨き抜かれた台詞の数々に、見開きで見せられるユニーク・ショッキングな一枚絵。針辻の頑なな姿勢を崩さんと“隠語責め”を繰り返すA子の造形は悪ふざけギリギリのところで完成させられていて、物語におけるメフィストフェレスとして十分な存在感を放っている。捌ききれていないように思えるキャラも多数登場するが、ひたすら主人公達の魅力でグイグイ押し切っていく。


主要キャラクターである針辻は病的なヒステリックガイだが、彼を支える秘書・ヒロイン(性に無頓着なところから彼に評価されプロポーズを受ける)の南雲七海とその妹、の安定感が対照的で良いバランス。この関係性から生まれる笑いが面白い。


淫らなイメージは錯綜し、妄想と現実の区別がつかなくなる針辻。だがとある段階で彼、そして南雲の過去が意外にも壮絶なものと中途で明かされ、物語はその色を一変させていく。




針辻は自らの性欲と戦う中で、幼いころ好きだった幼馴染の誘拐が誘拐される事件を経験していたことを思い出す。彼女は姿を消してから数日経って保護されるが、その間に誘拐犯に自らを投影して淫らな夢を見、精通を経験していたことも。 
A子の正体は彼の罪の意識から来る“亡霊”であり、彼を苦しめるためのみ存在することが確認されると、そこから物語は一気に陰鬱で生々しい空気を帯びていく。


また、南雲の父親は異常性癖を持つ人物であり、底知れぬ愛を求めて自分の母親以外のありとあらゆる女性と関係を持っていたことがこれと同じくして判明。二人とも、性や愛を信じられないことに相応の理由があったことが中盤で分かるのだ。


これより物語は、自らの価値観の元に暴走する南雲の父親も交えて性を巡って生きるか死ぬかの壮絶な展開を迎えていくのだった。


針辻と南雲の物語は交差せずも、それぞれが抱える問題と対面する形で物語は進む。針辻は大人の女性へと成長した初恋の人、A子の元となった女性と再会して”現実”を知り、追い詰められた挙句自殺を選ばんとする。自らを信じ、針辻の強さを信じる南雲はそんな彼を救わんと必死の説得を試みる。


ちょっと主人公が受動的に見え過ぎる節がある場面でちょっとむず痒くなったりもするのだけれど、針辻が自らの人生で無意識に目を背けていたことに立ち向かう一連は生粋の名シーンづくし。なので未読の人、ほんと是非読んでみてくださいーーー。


■ 数奇な物語の決着


最終的には主人公の針辻が「自分の過去との対峙」を経、南雲の説得を受けて性交渉含めての「人と真に触れ合うことの重要さ」について気づいていくという展開になるのだけど、ここは…個人的に少し残念であった。自分本位な性欲と愛の行為を確認する儀式が混同される、生物としての人の哀しさ・それ以上の愛おしさが滔々と伝えられるウェットな総括。


実際、理性に生きる人が欲を引きずって齷齪する様は(あえて言えば)滑稽だし、針辻やヒロインのドタバタを少しでも笑えるものと表現してきた本書の方向性ならば 最後には「その哀しささえ笑ってしまおう、それこそが救いであるーーー」としたほうが気持ちよく決まったのではないか…と思ったのである。


性=生は素晴らしいものだという折角の気づきも、若干の悲壮の色が陰となって素直に「良い読後感」とならないのだ(これは作者が多層的な感触を狙ってのことと考えれば腑に落ちるところではあるんだけど、色々あってからのこの結末ではどうにも重すぎる気がしてしまって…)。

■ SEXしたくて輝く蛍


ラストの決着自体は好きだ。今走り出せば、現在の状況を打破するものが見つかるかもしれないという希望を持って部屋を飛び出す主人公、そっと彼を見送るヒロイン。動物以上の知能を得た人間は自らの欲望に振り回されて苦悩し、時に周囲を傷つけるという罪を負った。しかし、人は繊細でワガママな心の他に高度な学習の機能も備えたのだ。


交配を求め、可憐に輝く蛍を追う針辻の姿で物語は幕を下ろすが、これからも彼は幸せを求めて試行錯誤し、自分なりの性との向き合い方を見つけていくのだろう。フィクション中の人物の行く末を案じることはそうないのだけれど、この作品を読んだ時は素直に“針辻君”を応援した。これだけの物語を書いてしまう作者の次作が本当に待たれる。無理はしないでいただきたいが、一ファンとして気長に待ちたい。(おしまい)


※追伸: でいち先生、今年の月刊スピリッツ9月号に読み切り『春の熊』が掲載されていたみたいですね。I am a 情報弱者!!悔しい〜(T_T)

hなhとA子の呪い(2)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)

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