樹木希林という豊かな顔~海よりもまだ深く

どうも。アベニティです。昨日あたりからめちゃくちゃ寒いですね。


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映画『モリのいる場所』での樹木希林
出典:https://wezz-y.com/archives/58825



平成最後の年、哀しい訃報が相次ぎました。大杉連、さくらももこ、、そして樹木希林


今年の樹木樹林は『万引き家族』で魅せた演技が大変印象的で、故にこの訃報がより哀しく、重く響いたというか。そして考えてみれば、話題作であってかなり気になっていた『海よりもまだ深く』を観ていなかったことに気づいた。Amazonプライム・ビデオのリストにあったのを確認し早速観てみることに。



■ずっと「何も起こらない」が起こる

笑ってしまうほどのダメ人生を更新中の中年男、良多(阿部寛)。15年前に文学賞を1度とったきりの自称作家で、今は探偵事務所に勤めているが、周囲にも自分にも「小説のための取材」だと言い訳している。元妻の響子(真木よう子)には愛想を尽かされ、息子・真悟の養育費も満足に払えないくせに、彼女に新恋人ができたことにショックを受けている。そんな良多の頼みの綱は、団地で気楽な独り暮らしを送る母の淑子(樹木希林)だ。ある日、たまたま淑子の家に集まった良多と響子と真悟は、台風のため翌朝まで帰れなくなる。こうして、偶然取り戻した、一夜かぎりの家族の時間が始まるが――。

http://gaga.ne.jp/umiyorimo/sp/index.html


映画の感想と言えば、世間の評と同じように何も起こらない、おそらくこの先も何も変わらないだろう〜が良い意味で持続する作品だなぁというもので。故に生じる普遍性、味わい深さが目に心地良い。また作品ごとに変わらず貧乏臭く、しかし大変美味しそうな料理の数々にはひたすら涎を飲まされる。

「こんなはずじゃなかった現実」を抱えながら、何事もないように振る舞う大人たち。そんなうだつの上がらない彼らをそっと温かく見守り、自身も人生を楽しんでいる風であるのが樹木希林演じる淑子、主人公の母親だ。


絶妙に人と噛み合わない…ワガママでだらしない人間性故、周囲とのコミュニケーションを疎んでいるようにすら見えるダメ男・良多の”どこまでも飄々とした母親役”を演じた樹木。


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出典:http://www.cinema-life.net/p160522_ummv/


『あん』にせよ『海よりもまだ深く』にせよ、やっぱ人の手で書かれた脚本から逸脱したような骨太のリアリティを湛えたキャラクター像こそが樹木の真価だった、と彼女の出演作を観るたび思い返される。当て書きされた人間像に、ちょっとこちらが予想外なプラスアルファを添えて魅せる力。そしてその存在は常に大きく暖かく、また時に底知れない深さを見せる。


『海よりもまだ~』では彼女の最大の持ち味とも言える「老獪とは言わずとも、悪気なく~してしまう」といった佇まい、女優・樹木希林が持つロックな一面が透けて見える良い場面が続いていた。観客がちょっとギョッとしてしまうような仕草、視線の運びを抑えの演技でしっかり見せる(逆にこの手の本領がしっかり味わえたのは『万引き家族』の方でしょうかね。招かれざる客人の前で、汚くミカンに齧り付いてみせる姿が忘れられない)。キャラクターの大らかさや自由さ、奥底にある優しさを感じさせても、同時に人としての実態がグレーのまま伝えられるというのが彼女の最大の魅力だと私は思っていて。


演技というか、人間そのものの迫力で観客を引き込む手口…フィクションとノンフィクションの境をどこまでも曖昧にしていく表情にはいつ見ても、何度見ても驚かされるものがある。ふとした時の肩の角度、手先の動きまで公園・電車の中で見る老婦人そのもので。尚且つ抜群の存在感なのが凄いなあとただただ思う。


本作での樹木希林の役割は、現実を悲観し「どうしてこうなっちゃったんだろう」と言ってのける主要人物らの正に先輩格だ。どこか似たような苦労や失敗をし、または他人によって齎された不幸を嘆く家族らに向かって、でも今はこうして笑えてんのよと少しだけ、先を行く身として余裕を見せる役回り。台詞にもあるような諦めた先の幸せを見る「親」の健気な姿が力強い。


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出典:https://www.ikspiari.com/cinemablog2/after%20s%20sub%20%282%29.jpg


というかこの映画、池松壮亮リリーフランキー小林聡美といいほんと俳優の良い面を引き出すのに徹しまくったような一本だなぁ…。『海街diary』のように、時間と心の余裕さえあればエンドレスに観てしまう作品である。邦画でしか為し得ないような湿度の高いユーモアとウィットについ泣かされてしまうというのが世界の是枝たる所以だろう。

■さようなら、邦画の人


映画が終わりかける時、アパートのベランダで主人公らに向かって手を振る樹木希林の笑顔を目にし、じわっと涙が滲んでしまった。日本随一の女優は確かにこの世を去ったのだ。今は家屋のベランダより遠い所にいる彼女を偲びながら、その姿が残るフィルムを大切に忘れずにいきたい。



(おわり)