久野遥子〜 側にある、健全な規格外

漫画家でありアニメーターである久野遥子『甘木唯子のツノと愛』 を最初に手に取ったのはいつだったろうか。とりあえず、短編それぞれの読了感のヘビーさに壮絶なビックリを覚えながらページを捲っていた記憶があって、読み終わったら「今期ベストの漫画です(断言)」と生意気にもTwitterでさんざ触れ回った思い出がある。

 

甘木唯子のツノと愛 (ビームコミックス)

 

 

 

■卒業制作の『Airly me』

 

 まず久野遥子といえば、多摩美術大学卒業時のアニメーション作品『Airy Me』(2012年)が印象深い。  

 


Airy Me(久野 遥子)| Airy Me (Yoko KUNO)

 

どこかの病室を舞台に、妖しく、淡く耽美なメタモルフォーゼとCuusheの浮遊感ある音楽が絶妙なマッチングを魅せた一作。夢か現か~といった曖昧なラインを、空間自体が有機的な物質へと姿を変えていくという状況をもって最大限に表現した。

2年近い歳月をかけて描かれた3,000画からなる手描きアニメーション作品である本作。色鉛筆とクレヨンで作画、After Effectsで編集された本作は高い評判を呼び(文化庁メディア芸術祭新人賞を受賞するなど)、彼女にとってアニメ界での活躍の契機となる。

 

あと、Cuusheと再びタッグを組んだⅯⅤ、実写とアニメを織り交ぜた『Spread』も男の子からキュートなキャラクター的な造形へと変容していく様が微笑ましくも妖しい雰囲気をこっそり纏っている作品であり、アーティストが内包した狂気にほわほわと飲まれていくかのような感覚が心地よい。

 


Cuushe - Spread (dir: Yoko Kuno)

 

実在と空想。その二つを、アニメーションの技法をもって極めて柔軟に行き来する発想と才覚。兼ねてよりすごい作家だと記憶していた。

 

■ツノと愛!~まったく異なる二つの事象

 

本書に収録された物語の構成にはだいたいの共通点がある。まず、大まかな一般とは少し違った性質を持つ存在(時にややSFチックだったりする)と、“常識”に殉じて生きている存在。そしてそれらが一通り交流を見せた後に、「常識」を謳っていた側の思わぬ一面が垣間見え、その一点を境に世界は様相を変える〜。正に 揺らぎ、見方によって全く形を変える具象の姿がありありと描かれている作品だと言える。

 

この作品で扱われるテーマは、至ってそれぞれ“瑞々しい青春譚”だ。しかし、それを伝えるギミックとして用意される要素が極めてアブノーマルな色を帯びている点に驚かされる。この規格外っぷりが本書の醍醐味、かつ各話の白眉とも言えるので詳しい言及を避けるが、本当に生々しくも意外な飛躍で魅せるのだ。

 

■圧倒的描写力 岩井俊二も称賛の自在なパースペクティブ

 

作者のフェチズムというか、彼女の奥底に眠る異形を愛する“性”の形が露見する時の、ちょっとギョッとする感覚。ただ、それらに市川春子のような“完全なる理想化”(フィクションラインを下げた、作中での世界成立に重きが置かれた造形の配置)が施されていないという点でより一層の生々しさが付与されている。

 

ちゃんと人肌の柔らかさを追った稜線、下着にパーカー、ゴミ袋と言ったディティール。これら描写の確かさが漫画のコマ内という平面空間にちょっと不気味なリアリティーを与えており、下手すれば各シチュエーションでの生活臭すら体感してしまいそうなレベルで。アニメ―ションでは植物の根や血管など脈についての執拗な描写が印象に残ったが、作中におけるヘビの口中や干された洗濯物のひだひだ感とかも、シンプルに抑えられてはいれどかなりのこだわりとリズムを感じるところ、見ていてとても気持ちが良い。

 

人が混乱し、価値観が揺らいだときのパースの崩し方は本書の帯で映画監督の岩井俊二(※久野は彼のアニメ―ション作品『花とアリス殺人事件 』に携わったりもしていた)が激賞するように、めっちゃ上手い。どの角度から描こうが地表を歪ませようがちゃんと重力が存在して見える画面はそれぞれのコマが非常に美しく、デッサンの確かさによって精度の高いアートとして成立させられている点に惚れ惚れさせられた。

 

■久野遥子が見ているもの

 

時にほんのりアングラ風味と言って良い程のギリギリなアブノーマルによって、極限までキャラクターの人間味が写実化されているような内容に目が喜ぶ。その度合いによっての受け手側の好き嫌いはあると思うが、ハマれば何皿でも美味しい。もっとおかわりが欲しくなる。 

 

そして久野遥子はおそらく、普段より「人はどこまで人との差異を許せるのか」「コミュニケーションにおいて何を諦められるのか」というところを強く意識してきた人間なんだと思う。

 

この世に生きる人間にはそれぞれ全く違う気持ちの在り方や目的があって、誰かが好むものは他の誰かの厭悪すべきものであったり…と、「世界」は人の数だけ種類があることを痛切に再認識させられる短編の深い味わいに唸らされた。思えば、アニメーションの時からテーマは一貫している。人は同じものを見、同じ世界を生きているようながら、そこに自意識があるおかげである種の隔絶はそこに存在するのだと。

極めて当たり前のことながら、戯画的にでも視覚化されると途端に真実味をもって迫る現実。

 

次回作はアニメか漫画か、大いにワクワクしながら待ちたい。

 

ちょっと余談ですが、最後に彼女が演出・絵コンテ・原画を担当した『宝石の国』のEDをば。シンボリックなまでに単純化されたデザインながらも、波や泡の描写等に彼女の作品らしさが垣間見えて好きです。

 


TVアニメ『宝石の国』EDテーマ「煌めく浜辺」ノンクレジット映像

 

(終)