チューリップ・フィーバー なんとも惜しいサスペンス

美大構内の世界堂にポスターが貼られたりしていれど、都内では上映も限られていた『チューリップ・フィーバー   肖像画に秘めた愛』。なんでもアリシア・ヴィキャンデルデイン・デハーンクリストフ・ヴァルツとの錚々たる役者名の並びを見つけてしまっては嫌が応にも興味を惹かれてしまった。

 

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【映画 予告編】 チューリップ・フィーバー 肖像画に秘めた愛

 

 後日、たまたま新宿へ向かう用事を見つけて劇場へ。観客は女性が多く、それも年配の方の姿が見受けられたように思えました。以下はあらすじです。

親子のように年の離れた、裕福なコルネリスと結婚したソフィア。二人の間に燃えるような愛はなかったが、孤児となり修道院で育った彼女にとって、それは初めて味わう豊かで安定した暮らしだった。夫は優しく特に不満もなかったが、彼が切望する跡継ぎができないことが、唯一の悩みだった。そんな中、夫が夫婦の肖像画を、無名の画家のヤンに依頼する。
キャンバス越しに見つめ合うヤンとソフィアが、恋におちるのに時間はかからなかった。若く情熱的な画家と、許されない愛を貫きたいと願ったソフィアは、驚くべき計画を思いつく。恋人に去られた後、妊娠に気づいたメイドのマリアの子を、夫の子として自分が“産む”のだ。彼女の書いたその先の筋書きは、耳を疑う展開だった。前代未聞の“替え玉出産”は成功するのか? さらにヤンが二人の未来のために、希少なチューリップの球根に全財産を投資したことから、思わぬ運命が立ちはだかる─。

出典:http://tulip-movie.com/about.html#a1

 

結論から言えば、本作はラブストーリーを内包したサスペンスである。

そして私は「筋書きとしては悪くないが、没入に欠く作品だった」という感想をまず持った。内容を思い返す度に惜しい〜と思う。以下、雑感です。

 

■悪くはないのだけど…諸々の食い足りなさ

時代考証のあれこれは流石に分からないのでそこは省きます。きっと詳しい人が良いだけやってくれているはずなので。感覚的な感想で行きます。

 

まず、主人公を狂気の計画へと誘うまでの心理描写の積み重ね、その他の登場人物の人間性を表す描写が足りていない。そのために急だな!と思うシチュエーション、ここは誰に感情移入してみれば良いのだ??と迷うところが多々あったように思えた。

絵画作品からヒントを得られたという作品だけあって、照明や凝った美術の在り方は流石のものだった。だが、人物達の視線の向き一つだけでも心情を演出していくようなシーンの魅せ方・人物の身体の緊張と弛緩が隠れた関係性を炙り出していくようなスリルがあれば…と思ってしまう。悪い意味でひたすら淡白なのだ。折角のダニー・エルフマンによる音楽も始終じゃんじゃか鳴っていてなんだか緩急を感じない(去年の『ジャステイス・リーグ』の時も若干滑っていたように思えたし、ちょっと氏の判断が不安になるところではある)。

しっかり腰が据えられた間作りや溜めの演出があればもっと、実際のフェルメールの絵画作品のドラマ性にも観客が想いを馳せられるような一作に仕上がったのでは…と思えばかなり残念である。製作陣、そこでの連動は図れなかったのだろうか。

 

あと、劇中のケイパーはもう一超え慎重に見せて欲しかったなあと。ただクリストフ・ヴァルツを間抜けに描くことで劇中のトリックを成立させようとする動きが胡散臭すぎる。で、結局ヴァルツは根が優しいおじいちゃんというのも何とも拍子抜けで。「彼じゃなくても良かったのでは?」とまでは言わないけれど、もう少し脚本上でやりようがあったんじゃないかと考えてしまう。

 

■でも、決して退屈な作品ではなく…

ざっとこういう“気になった”点は出てくるけれど、大衆の目に応えないような駄作であったか?と言われればそれも違って、一定の水準はそれなりにクリアしていたと思った。つまらなくはないが、ひたすら平凡。

 

だが、作品的な価値を10倍にも20倍にもしているのはやはり役者の存在感だろう。アリシアの深い面持ちは、日常に対しての憂いを存分に感じさせていて正に語らずとも多弁な表情で魅せていたし、デインの方も佇まいひとつで「恵まれなてこなかった人物像」を体現する演技の妙が感動的なまでで。

本当に、もっと余韻を感じさせるシークエンスの中にいたらどれだけ光ったことかと考えてしまう。光と陰のコントラストもじっくり見せればもっと味わい深いものになるはずが、無粋なナレーションとせっかちなカメラワークでどうにも勿体無く流れてしまった。

ただ、二人または作中の人物らが見せるラブシーンは物語上必要な程度で収まっていながらそれぞれの肉体的な美しさが程よく示されていく仕事で丁寧だと思ったし、身体の交わし合いに関係性を滲ませる手管は手堅くて良かった。こういう“言葉以外でのやりとり”が様々な場面でみえて来るともっと印象も違ったのだけど。

ヴァルツもいつものような腹に一物ありそうな軽妙な演技に加えて、老いから来るウェットさを湛えた笑みなどが強く印象に残った。だが、いつもの小悪党感溢れる演技が始終ミスリードのためとして使われていたのはいかがなものか!?とつくづく思う。ぶっちゃけ、本作最大の不満点はそこであったりもする。

 

思い返せば「あそこは…もっとこう…!!」という不満が見つかるやもしれませんが、崇高っぽいポスターや宣伝に反して時間潰しにちょうどいい軽さを持った作品でもあります。偶に珠玉のシーンが拾えたりもするので、気になった方は劇場でぜひ。

 

(おわり)