九井諒子を語らば~⑶シビアかつ寛容な❝世界❞観 楽しさと戸惑いの異色作
■ちょっとした異色作『ひきだしにテラリウム』
- 作者: 九井諒子
- 出版社/メーカー: イースト・プレス
- 発売日: 2013/03/16
- メディア: コミック
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『ひきだしにテラリウム』(イースト・プレス、2013年)は九井諒子の三冊目の短編集である。
今までとはやや異なる趣のアブノーマルな香り、若干の危ういテイストが含有されている~というのが初見時の感想だった。間違いなく面白い…んだけど、今までの無難かつ高密度な話構成には始終していないぞ、というのが明らかに分かる。
■九井の秘めたる心的描写?ややアブノーマルな数篇
現実の世界ではそのまま存在しえないような平面的な記号が当たり前のように調理され食される~というだけの12コマ×3種の漫画『記号を食べる』、見るからに人らしき生物が、ペットとして小型の「人間」を飼う世界が舞台の『春陽』。
また、九井の趣味性をより濃厚に反映してか人ならざる者に“意識”を見出すようなものや、擬人化された動物がデートに向かうまでの一連の行動を追ったものなど今までで一番バリエーションがあり、なおかつ飛び抜けてシュールな色を湛えている。全体としてみるとすこぶる可愛いんだけど、物語が孕む皮肉っぽさに油断しきれない~そんな緊張がずっとある、みたいな。
■斬新な挑戦、今回カルチャーギャップを感じるのは〇〇
前にも記述したが、 全く理解が出来ない対象に向かって「そんな考え方もあるんだ」「そういう生き方もあるんだ~」と及び腰ながらも受け入れていく登場人物たちの姿にほっとさせられる短編が彼女の本領である。
しかし、本作はそういった認識が読者にゆだねられる話が多数存在しているところに九井のチャレンジ精神を見た。つまり、本作にはカルチャーや感性のギャップを前にたじろぐ役割が読者にある作品が多数含まれていて興味深いのだ。
いろいろな解釈が可能な構造で完成させられた一遍もあったりして、前二作と比べると圧倒的に豊かな読み口を感じる一冊が『ひきだしにテラリウム』である。
■九井ならではの実験精神が楽しい
皆と同じであるような風潮を良しとする環境は、総じて他者を簡単に貶める陰湿な動きや軋轢を生みやすい。そういった狭量な価値観に苦しめられてきた人にほど九井のファンタジーは刺さる。
九井諒子自身「普遍」という概念に懐疑的なんだろうと思う。ある一視点に過ぎないところから見た時の要不要なんて、という意識が語られた作品については以前に当ブログで扱ったのでそちらをどうぞ。
hothuntergenres.hatenadiary.jp
して、このベクトルで語られる物語は毎回非常に面白い。多数派、強い立場の人の言葉を鵜呑みにしてはいけない~そういった反骨精神の諸々が極めてソフトに、ユーモラスに綴られていく語り口が楽しいのだ。
一般常識という甘言に巻かれるな、自分が自分であることを恥じるなというのは言葉にすればちょっといなたくて暑苦しいが、フィクショナイズされたキャラクターの物語として伝えられればそれは気持ちの良いエールと取れる。
そう言った今までの試みに加えて、上記の二作~『記号を食べる』『春陽』で九井が挑戦したのは「描かれているものが何に見えたか?」という作品の在り方だと感じた。
少し歪とも取れる世界観を目にして、あなたの脳は何を想像したか…?という問い。読みながら、自身の深層心理を暴くテストを試しているような感覚もある。そして、そのフォルムの柔らかさや説明にばかり徹さない台詞選びにどんな感想も寛容に許していくような姿勢を見せられるのだ。
表現の可能性を広げんとあらゆる方向の作品に挑戦し、同時に読み手のイマジネーションを刺激するような絵面にこだわった結果に行きついたアート作品として読めるという点でも面白く。例えるならピクサーの長編アニメが始まる前のちょっとした短編みたいな味わいが微笑ましくもある。
Web上で読めるものもあるので、気になった方はこちらから。
『ひきだし~』に収録されたうちの人気作4篇を読むことができるのですが、個人的には意外な展開とウィットに富んだキャラクター描写がこれまた出色の#26『ショートショートの主人公』が好きですね。
ちょっと作者の本音(?)っぽいところに帰結しちゃうのはもったいないなぁとは思ったけど、巧みな構造とハイレベルな画力がさらっと楽しめるという点でずば抜けています。
積極的にネタバレを避けたためか、やや漠然とした語り口になってしまいましたが今日はこんなところで。
それでは!
(おわり)